貞観年間(859~877)に創建された賀集山護國寺ですが、これまで幾度となく火災などの災害に見舞われながらも、鎮守であります賀集八幡神社、御本尊大日如来、そして何よりも檀信徒の皆様、地域の皆様の温かいお力添えにより、これまで存続されてきました。しかし、その中心である本堂に崩壊の可能性があることが専門家の調査により判明致しました。現在の本堂は明治十四年に当時の古材を用いながら建てられたものですが、先々代の住職が入寺された昭和四十年代にはすでに大きな傾きがあったようです。昭和五十八年に屋根の葺替えを行った際、支柱を起して補強をしましたが、度重なる白蟻被害や阪神・淡路大震災などを経て、現在は瓦屋根の重さに耐えきれずに、各支柱が放射線状に広がってきております。一部地盤沈下もあり、このままでは、やがて起こりうる巨大地震には耐えることは難しく、この度、本堂再建プロジェクトを立ち上げる運びとなりました。
物価の高騰、少子高齢化、また世界では紛争が終わらない中、この大事業を進めるのは困難を極めますが、こんな時代だからこそ、これからの寺院のあり方を見つめ直し、世界の平和を心から祈る事の出来る本堂再建を実現したいと考えています。計画中の新本堂は、国の重要文化財である胎蔵大日如来、県の名勝である庭園の素晴らしさを存分に体感できる解放感溢れる空間となっており、そこへステンドグラス曼荼羅からの幻想的な光が差し込み御本尊を優しく包み込みます。また、現在の本堂内には、納経所・売店が並び景観を損ねてしまっておりますが、それらはすべて客殿へと移設し、本堂は祈りの場としてふさわしい環境になります。皆様のご理解ご協力のほど、どうかよろしくお願い致します。
護國寺住職 三冨良圓
本堂再建の総工費予算はおよそ三億円。令和十年の着工予定ですが、物価高騰はこれからも続くことが予想され、この予算を檀信徒の皆様だけで工面することはかなり厳しい状況です。そこで、より多くの方々にこの計画を知って頂き、皆様の願いを寄せて頂くために般若心経のお写経奉納をお願いしています。納経料は1巻五千円。その浄財は護國寺本堂再建に充てられます。納めて頂いたお写経は新本堂へ納められ、今後数百年にわたり、御本尊の間近でその願いを共にします。どうか皆々様の願いのこもったお写経をよろしくお願い致します。
そして何よりも大切なことは、“皆様の想いと共にある本堂”であることで、その核となる事業としてお写経の奉納をお願いしております。この事業の為に特別に制作した藍色の写経用紙に、金色の文字で般若心経をお写経していただきますが、心のこもったその一文字一文字は、仏様のように尊く、まるで夜空の星のように世界を優しく包み込む。是非そんな想いでお写経をしてみてください。納めていただいたお写経は、新本堂に納められ今後数百年にわたり御本尊の間近でその願いを共にします。御本尊とのご縁を結びお写経を納めていただいた証として、特別切り絵御朱印を進呈しております。大切にお持ちいただき、どうか皆様の幸せをお祈りください。
合掌
心のこもったその一文字一文字は、仏様のように尊く、まるで夜空の星のように世界を優しく包み込みます。
御軸が随分と痛んでいたのですが、この度ようやく修復することが出来ました。そして、その複製を作成し、賀集八幡神社秋季祭にて、南辺寺住職と共に御奉納させていただきました。元は神社の中に複数のお寺がありました。僧侶も神社の方へ出向いてご祈祷を行う様子が描かれ、神社とお寺が緊密に交流していた様子が伺えます。これからも地域の心の拠り所を共に築くことを願っています。伽藍之惣図からも伝わるとおり、神社も寺院も手を携えながら1000年以上歩んできた歴史があり、今後もこの歴史を大切に伝えていきたいと思います。
賀集八幡神社の古森宮司さんと
護国寺庭園 池泉観賞式 兵庫県指定史跡名勝として、江戸前期の本堂書院庭園は、滝石組を中心に右側には亀頭石があり、背に蓬莱山の築山を背負う構成。手前には三角の舟着石、築山上部には遠山石を据える。阿波藩五代藩主綱矩(つなのり)の妹・久米姫が当寺を訪れて歌を残している。「清濁る うき世のほかの 山寺に こころを雪ぐ(すすぐ) 滝の白いと」。向かって右手には、江戸後期の庫裡書院庭園。中心に巨石三石からなる石橋が架かるのが特徴です。
本堂再建プロジェクトに伴い『淡路島護國寺ジャーナル』を創刊いたしました。プロジェクト進捗はもとより、お寺を活用した体験や学びの情報などを毎月発信してまいります。檀家さんはじめ、地域の皆様と共に紡ぎ、お寺が皆様の心地よい拠点となってもらえるような場づくりを目指して。どうぞお楽しみに。
檀家さん、総代さんだけでなく、より多くの皆様と共に、この世紀のプロジェクトを後世にまで残していく想いで、淡路島全域をはじめ、神戸、徳島の一部エリアの皆様にも配布してまいります。お寺文化そのものを見直すきっかけとしても、新しい取り組みも含め発信してまいります。
コロナにより、しばらく中止しておりました総代研修旅行を11月7日に実施しました。この度は、新本堂再建にあたり、参考にさせて頂いている岡山県備前市の旧閑谷学校と兵庫県小野市の浄土寺へ行きました。旧閑谷学校は備前焼の瓦屋根が美しい紅葉と調和し、国宝の講堂は、創立者池田光政の教育への熱い思いと、天才技師と呼ばれた津田永忠の技巧が随所に見られ、板張りの空間には、時を忘れるほど見惚れてしまいました。浄土寺の浄土堂は、大仏様(だいぶつよう)という建築様式の建造物で、堂内には名仏師快慶作の阿弥陀三尊立像があります。共に国宝に指定されており、堂内での総代さんとの読経が美しく響きわたり、とても感激しました。まだ行かれたことがない方は、是非足を運んでみてください。
淡路に吹く冬の風の強さは、朝に自然の厳しさを、晩には温泉のお湯と夕餉の温かさを教えてくれます。今年は南あわじの匠の技を集めて、本堂の南側に閼伽棚を作る事ができました。毎日の勤めに欠かす事のできない樒の葉を丁寧に洗い、仏さんに供えるお香を盛り、身を清める塗香を整える大切な場所です。又、総代さんのお力添えで水源地の周囲に柵を設ける事ができたので、猪さんのいたずらに悩まされる不安も無くなりました。水場が定着してきたからか、今まで聴くことがなかった鳥のさえずりも森に響いております。地域に誇れるふたつの看板も設置できました。ひとつは南淡路ロータリークラブさんのご協力で作った、山道の登り口の看板「ごろりん」によるお寺まで1.6キロの道案内。ふたつ目は、賀集小学校六年生の卒業製作の参道「はげまし看板」地域住民の健康づくりにつながる様、子供たちが知恵とアイデアを出し合って作り、道中の要所々々に置いてくれました。ときどき遊びにくてくれる伯母と母が耕してくれた花壇には、四季折々の花が咲き、天平時代の仏具を再現できた記念に植えた桐の苗は(当初、猪に掘り返されましたが…)僕がヤけるくらいの早さでズンズン育っております。古えの書物によると、お伊勢さんの下宮にお祀りされている豊受大神は、かつて賀集八幡の山にも留まられた由。南辺寺の本尊様は東を向いておられます。住職ともども昇る朝日に、奈良の甍や伊勢の神々を思い、そして拝する日々に深い感謝と崇敬の念をいだきながら生かされております。南辺寺住職 塩生憲秀
Awajishima Gokokuji Temple & Garden